りんごの時間。

AIHを経て4歳2歳の二児の母へ。二人育児の記録。

続・「子供を預ける」ということに関して思うこと

【スポンサーリンク】


こんばんは、りんごです(・∀・)ゝ


前回の投稿、ビックリするくらい反響がありまして(;゚;Д;゚;) 

www.ringo-time.com

 

また批判されたりするんだろうな…なんていう思いもあり、コメント開くのビクビクしてたんですが、本当にたくさんの方から共感の声をいただきました。

こういう話題ってなんとなくしちゃいけないような気がするし、口に出すことで「自分はダメな母親なんだ」と認めてしまうのも怖いし。
でも、口にしていないだけで、たくさんの人が同じ思いを抱えて悩んでいたんだな~って。

皆さんのコメントを読んで、私だけじゃなかったんだってホッとしました。
本当にありがとうございました。



子を産んで2年と数ヶ月。

赤ちゃんだったわが子も完全に幼児になり。
今まではただただお世話するだけだったのに、あれやこれやと主張も出てきて。
それと同時に母親の思い通りにならないことがドーンと増えてしまって。

そのことに苛立ったり、葛藤したり、反省したり。

今は、子供も母親も、心の成長を遂げている最中なのかもしれないですね。


* * *


いただいたコメントの中に、「育児が向いていない」という言葉は使うべきではない、というお言葉がありました。
だからといって他の言葉が思いつくわけではないのですが…と。

そのお言葉をいただいて、自分なりにも色々と考えてみたのですが、恐らく「育児が向いていない」という言葉の背景に『諦め感』があるからそう思われたのではないかな?と感じました。

"育児に向いていないからもう頑張らないで預けます"

確かにそういう風に聞こえるな、と。


今回の記事を書くにあたって、言葉選びが本当に難しくて。
どう書いたらこの気持ちを表現できるんだろう…と。
なるべくわかりやすくしたくて、「育児に向いていない」としたのですが、確かにこの言葉だとこれから続く育児に対しても投げやりになっている気がします。


もちろん、育児を通して楽しさをややりがいを感じる瞬間は山ほどあって、自分がこれまでしてきた育児自体を否定しているわけではありません。
でも、自分が苦手だと感じる部分もたくさんあって、それがもしかしたら人より多いんじゃないかな?と感じたのが今回の発端です。

育児が向いていない、ではなく、育児の中で苦手な部分が多々ある、が正しいニュアンスかしら。


もっと気持ちに余裕があれば、その苦手な部分をこれほどまでに鬱々と考えなくても済んだような気がして。
その苦手な部分を誰かに手助けしてもらえたら、もっと気持ちに余裕がうまれる気がして。

少し子供と離れる時間を持って気分転換を図る、頼れる機関に苦手な部分のお手伝いをしてもらう、というのが、気持ちを切り替えるための有効な手段になるのではないかと思った次第です。

決して「人任せにしてしまえ」という投げやりな気持ちではなく、これからまだまだ続く育児を有意義なものにしていくための手段として。
母親である私自身が心身共に健康な状態で子供と接していくための手段として。

そのために「子供と離れる時間を持とう」という選択をしました。

あえて「向いていない」という言葉を使うならば、
『自分の時間が全くなくなってしまったこの状況が向いていない』でしょうか。

あぁ、日本語むずかしーーーヽ(´o`;

なんとなくでも伝わったら嬉しいです。


* * *


みなさんのコメント、私も一件一件共感しながら読ませていただきました。
そちらについても触れさせてください(●´∀`●)


非公開だったのですが、激しく共感したコメントがありました。

子供を毎日楽しませてあげられず、児童館へ気合を入れて行ったところ、体育館のようなスペースでそれはそれは満面の笑みで嬉しそうに遊び、いかに普段自分では子供を満足させていないか痛感し泣けてきました。
でも、私自身は児童館とか他のママさんと関わるのを苦手に感じてしまい、頑張って数回行きましたが心が折れていくのを辞めてしまいました。
それからは公園に連れて行っていますが、早く帰りたいし、他の子やママさんがいないようにと祈りながら行っています。(一部文章は変えています)

 

あれ?自分でコメント書いたのかな?
って思ってしまったという(;´∀`)

同じようなことが私もありました。

幼稚園の親子イベントに参加した際、それはそれはしーちゃんがキャッキャキャッキャと満面の笑みではしゃぎまくり。
その様子を見て、つまらない毎日を送らせてしまってごめんね…と泣きそうになりました。

そうやってごめんね、と思っているのに、普段同じように楽しませてあげることが出来なくて。
なんて自分は情けないんだろう…とさらに思ったり。

そして、私も児童館のような場所がどうも苦手で…。
同じく公園にも「誰もいませんように…」と思いながら行く日々。


うん、やっぱり私が自分でコメントしたのかも。笑


そして、他の方のコメントの文章をお借りすると、

「育児は育自」
苦手な部分を認める
そして成長していく

 
今回、この記事を書いたことで、自分が苦手としている部分が明確になり、そして認めることが出来ました。
負の部分を認めることで、解決策や対処法を模索することも出来るし、成長するきっかけにもなりますよね。

ダメな部分を認めるって勇気がいるけど、今回記事を書いてみて良かったと思っています。

確かに、私はママさんが集まるような場所が苦手ではあるけど、でも、これももしかしたら今こうやって閉塞感を感じている要因なのかもしれません。

今の家に越してきてからというもの、地域のママ友さんが全然出来なくて。
そりゃそうだよ、そういう場所に行っていないんだもんヽ(´o`;

お腹が大きくて出歩くのが億劫、おーくんが小さいからまだ早い。
色々と理由を付けてはそういう場所を遠ざけていました。

でも、とめどない話をしてみたり、子供同士で遊ばせたり。
そういうご近所さんがいるのといないのとでは全然違いますよね。

無理してママ友を作ろうというわけではないけど、ちょっと勇気を出してそういう集まりに行ってみようと改めて思いました。
それがまた何かが変わるきっかけになるかもしれないし(●´∀`●)


そして、こちらの言葉も胸に響きました。

 

子供を自分でみることが、本当に子供のためなのか、それとも他人の目や自分のプライド等含めた自分のためなのかのボーダーが曖昧になってた

 

ほんとにそう。と激しく頷いてしまったこの言葉。

私、今までも何度か一時預かりについては頭をかすめたことがあり(妊娠中や出産直後)、そのたびに「いや、多分一人でなんとかなる」と思い一度も利用せずにいたのです。
この方がおっしゃるように、自分のプライドのため意地になっていたのかもしれません。

この記事を書いた今も実はまだ「一度も預けたりせず育児してきた」という部分へのこだわりというか誇りに対する葛藤は持っています。
せっかくここまで一人で頑張ってきたのに、と。

きっと、「預ける」という言葉に対して、「自分に負けた」という思いを感じてしまうからかもしれません。

でもそれって、当の子供にとっては一切関係のないプライドで。
育児に対しての勝ち負けってそもそも何?という話。


こうやって閉塞感を感じている以上、やっぱり気持ちをリセットする場は必要なわけで。

「預ける」のではなく「ちょっと見てもらう」

 

これもコメントでいただいた言葉ですが、ちょっとニュアンスを変えるだけで気持ちの捉え方も変わりますね(●´∀`●)
素敵な言葉をありがとうございます。


そして、もう一つ。

預けることが悪いなんて今の時代誰も言わないけど、代わりになんとか踏ん張って365日24時間体制で子供と向き合ってることの良い面をあまり誰も言ってくれない

 

確かに、ほんとそうかも。
子供と密過ぎる時間を過ごしているがゆえに心の鬱々感が出てきてしまっているわけだけど、だからといってベッタリ過ごすことが決して悪いわけではなく。
良い面だってたくさんたくさんあるはず。
こうやってずーーーっと常に一緒に過ごしてきた日々に対して、しっかり誇りと自信を持ちたいなと思いました。


皆さんにお返事できずすみません。
全てありがたく拝見させていただきました。
今も何度も何度も読み返しています。

温かいお言葉の数々、そして新たな気づきにつながるお言葉の数々。
本当にありがとうございました(●´∀`●)

 


* * *


兼業ママ、専業ママ。
どちらにも悩みや苦労はあって。
お互い多くのことに葛藤しながら育児してるんですよね。

子供が成長してこの時期を振り返ったときに、あの時自分頑張ったな~なんて言えるように。
とはいえ、無理はせず、母親自身が心身ともに健康でいられることも大切に。

今のこの瞬間が後の楽しい思い出になるよう、これからも過ごしていけたらと思っています。